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5月29日(ブダペスト→プラハ ハンガリー → チェコ)*後日、校正追記予定

(自分のための日記)

7時半起床。
今、私の隣のベッドで寝ている、昨日このドミトリーでSEXしていた男を睨みながら起き上がり、別室でシャワーを浴びる。
昨日この時間に誰もシャワーを浴びていなかったのに何故か今日はシャワー室(1室に3つ程のシャワーを設置)が騒々しい。
後で知ったのだが、どうやらスコットランド人のグループ旅行者(15人ぐらいの大学生の様だ)が昨日から泊まっていた様だ。

早くこのドミトリーを出たかった私は身支度を整えて、ベッドのシーツを全て剥がし階下へ下り、先ずはシーツを返却した後、昨日と同じ様に朝食を食べた。
今日も大工さん達が朝食を食べていた。
そして今日はスコットランド人の旅行者も集まって朝食を食べている。彼等はぶつかっても「Excuse me.」とも言わないし、会話の中で異常に「Fuck」を使うし、とにかく私の嫌いなタイプの人達だった。
私はすぐに大工さん達の隣に座って朝食を食べた。

日本人だけかと思っていたが、意外と欧米人の方が、より「集団心理」が働いている様な気がする。
皆、頭で考えて物事を話しているのだろうか、行動しているのだろうか。

集団で威張っている人達の方が1人になると萎縮する傾向がある様に感じるのだが、とにかく、彼等を例にして言えば、皆で「Fuck」を何度もしつこく言い、自分達のグループ以外の人には迷惑をかけても謝らない。これは集団心理だと私は思っている。
彼等は1人になれば、そんなに悪い奴じゃないはずだ。大人しく善悪の判断をつけられるはずなのに何故か集団になるとそれが狂うのだ。

日本でよくある光景は、狭い道を歩いていると3~4人の集団が横並びに歩いている。私が近づいても誰一人避けようとはしない。一番酷かったのは、そんな時に私が「ごめんなさい。」と言って道をあけて貰った時に彼女達は小声で「もっと早く言えって感じ!」と私に対して文句を言った事があった。
別の日に同じ様な出来事が再び起きたので私は彼女達(上記と同じ人では無い)に怒ってみる事にした。すると彼女達はとても不貞腐れて反抗的だったのだが、その後、その内の1人と偶然出くわしたので試しに私は彼女を睨んでみた。すると彼女は狼狽していた。
情けない。

だから私は集団が嫌いだ。

とにかく、今日も珈琲、3種類のコーンフレーク、パン2枚(苺ジャム付)を食べてお腹一杯にした後、チェックアウトした。
その際、今日のバスチケットのプリントアウトも無料でして貰った。

リビングで写真の整理やインターネットをしていると既に13時半になっていたので宿を出て歩いてバスターミナルへ向かう。1時間かかった。

バスターミナルには出発20分前に着いたのだが未だバスは到着していなかった。
ここまで歩いてうかせたお金でサンドイッチを買いバスを待っているとトルコ人男性に声をかけられた。彼は日本で1年間仕事をしていたそうで、どうやら私と喋りたかった様だ。
バスを待っている間、彼は私が興味を持っている話を沢山してくれた。
私は言語や人類のルーツにとても興味があるのだが、彼はそういった事にとても詳しく私は彼の話を食い入る様に聞いた。

その後話は方向がそれてしまい、私は彼に「この旅で7kg太った。」と言うと彼は「Let's have sex!!」と何度も言い出し、結局この展開か、、、と思いつつ、私は左右に首を振った。

結局15時発の予定のバスは遅れて16時に出発した。

トルコ人の彼は私の隣に座って居たのだが何の展開も無かったからか2時間後、彼は「寝るよ。」と言って後部座席へと消えていった。

私は日記を書いた後、寝ながらpodcastや音楽を聴いていると23時過ぎ、バスはプラハに到着した。バスを降りると外は10℃ぐらいで寒い。

トルコ人の彼に別れを告げて、カウチサーファーのダリと待合室で会った。
傍にATMがあったのでお金をキャッシングして、マクドナルドでコーラとチーズバーガーを食べた。食べている間、彼は私の旅や日本について沢山質問をしてきた。
私は、iBooksに無料でダウンロードできる本と漫画を見つけた、と今朝ダウンロードしたばかりの「特命係長只野仁1」をダリに見せて、その後、誤解を招く羽目になる。

私はTVドラマの「特命係長只野仁」をよく見ていたのだが、漫画の方はやたらとSEXのシーンが生々しく描かれている事を知らなかった。しかも最初のページから暫くSEXのシーンだったのでダリは私の事を誤解した様だ。私は一生懸命言い訳をした。

その後、バスで移動した後、路面電車に乗りバスターミナルから30分程でダリの自宅に着いた。

カウチサーフィンの自己紹介文には女性のルームメイトが居ると書かれてあったのだが、彼女は引っ越してしまい、そしてダリも引っ越しているので、とにかく彼以外は誰も居ない。何か嫌だな。
筋トレグッズを見せて貰い少し使っているとダリはそれを指導する様に私の背中にピッタリとくっついてきた。私の自意識過剰かもしれないと黙っていたが、その後股間をやたらとくっつけてくる。私は適当に誤魔化して逃げ、その後ダリは就寝した。

ダリはカウチサーフィンの口コミが良かったので、何故そんな事をするのか少し考えた。そして「只野仁」の事を思い出した。確かに初日からあんなに激しいSEXの漫画を見せられたら誤解が生じるかもしれない。とにかくダリは誤解だと勘付いてくれた様だ。それにしても漫画の「只野仁」には参った。

だが、それでも念の為、今日は部屋に鍵をかけて寝よう。

3:00過ぎ就寝。


*後日、校正追記予定

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5月28日(ブダペスト ハンガリー)*後日校正追記予定

(自分のための日記)

7時半起床。同室の欧米人達は昨夜遅くまで外で飲んでいた様で、今朝4時頃物音をたてながら帰って来た。心底嫌な奴等だ。
誰とも顔を合わせたくない私は誰も起きない内にシャワーを浴びるが、工事担当者達は既に起きて作業をしていた。この宿は現在改装中なのだ。その件に関しても不満はあるが。
8時、階下へ降りて朝食を食べる。案の定、煩い連中は未だ起きておらず、ここに居る人達はとても大人しくて優しい欧米人ばかりだった。

トースター(パンが最大2枚入るポップアップ式)の前には2~3人の列が出来ており、全員工事担当者だった。彼等は私にとって好印象だったので私は彼等に順番を譲った。
この時、宿泊者は全員手ぶらである中、私は小さいショルダーバッグとリュックを背負ってロビーに現れたので宿泊者達に不思議そうな目で見られた。同室の人達を信用出来ない私は大事な物を常に身につけて行動していた。

朝食を終え、リビングでチェコ行のバスチケットを調べた。ここのスタッフにも協力して貰ったのだが夜行バスが見つからず、結局、今夜もここで1泊する事にし、euroLinesのサイトで明日15:00ブダペスト発プラハ着22:15のチケットを6,500フォリント(約2,964円)で購入した。

リビングにスタッフが飼っている犬が居た。この犬を見て思い出したのだが、私が最近見る犬は日本に居る犬より足が短いのが多い。記憶が定かでは無いがトルコ辺りからだったか、、、トルコ、ブルガリア、ルーマニアの犬は足が短いのが多かった様な気がする。そして猫も日本の猫より少し足が短い様な気がするのだ。
人間であれば、ヨーロッパの方へ行けば足が長くなるので、犬や猫に関しても、そういったイメージを持っていたのだが、どうやら違う様だ。

FacebookとLINEで友人と連絡を取り、気づけば既に14時を過ぎたので外出。雨が降った様だ。
この宿から5分程歩くとハンガリー国立歌劇場がある。今日は18時から公演があるそうだ。一番安いチケットで600フォリント(約273円)からある。オペラには興味があったが、この建物の内装は何故か解らないが全く写真を撮る気にならなかった。日本人観光客の女性が偉そうにチケット売り場の人に何か尋ねていたのだが、何だか見ていてとても気分が悪かった。

すぐにその場を離れ、昨日と違う橋を渡り、GELLERT温泉へ向かう。
方向音痴である私は、場所を確認したにも関わらず道を間違え、気づけばGELLERTの丘を登っていた。頂上までは20分ぐらいかかっただろうか、、、ポップコーンの残りとわずかな水しか摂っていなかった私には少しキツかった。
何よりも今日、山を登るなんて全く予想していなかったからだ。
私はGELLERT温泉がこの丘の上にあるのだと勘違いし、とにかく丘を登り続けた。
汗をかきながら頂上に着くと、そこには昨日見た景色よりも壮大な景色が広がっていた。嫌々ながら登った甲斐があった。
ここからであれば、ブダと川とペストを眺める事が出来る。そこから反対側にあたる場所からの眺めも少し雰囲気が変わり私は気に入った。そこには3つのモニュメントが並んであった。



*と、続きを書こうと思ったが、同室の欧米人がキスを始めてSEXを始めそうだ。またブチ切れるかもしれない。

後日、校正追記予定

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5月27日(ブダペスト ハンガリー)*後日校正、追記予定

(自分の為の日記)

昨夜22時にルーマニアのCluj-Napocaを出たバスは予定より1時間も早い4時半にハンガリーのBudapest(Nepliget)に到着。少し寒い。
そこから地下鉄で7駅目のArany Janos Utca駅の近くに今日泊まる予定の「Hi 5 Party'ish Hostel」があるそうだ。
バスを降りた目の前にバスターミナルの様な建物があったので中へ入ってみると先ずは室内が暖かい事が嬉しかった。トイレは使用料を取られるので使わず、とにかく歩き回っていると菓子やジュース、珈琲(紙コップ)の自動販売機がいくつかあった。
バスチケットの販売窓口もあったのだが(国際線があるかどうか不明)6時から営業開始のため閉まってあった。
そしてATMを見つけたのだが周りに5~6人のホームレスの様なガラの悪い連中が居たので彼等が遠のくのを待ってから、クレジットカードでハンガリーのお金をキャッシングした。

これでやっと身動きが取れる。

バスターミナルは新築の様に綺麗だったが、そこから通路を渡って地下鉄へ向かうと地下鉄側は古びた感じで何だか心細く感じた。地下鉄へ向かう途中、寝ているホームレスらしき人達を5~6人見た。その後も、あちらこちらでホームレスを見つけ、今まで訪れた国の中ではホームレスが多い様に感じる印象だった。

地下鉄の自販機は英語表記があったので難なく購入出来た。
傍に立って居た無愛想な警備員らしき2人にArany Janos Utca方面のホームを聞くと意外にも優しく対応してくれたのでホッとした。

ホームに入る前に、イメージとしては誰でも素通り出来る改札口があった。だが何かしないといけない様な雰囲気が出ている改札口だ。。。つまり、ここにもコンポステ(切符に刻印する機械)があり、とりあえず私は買った切符に刻印した。

10分程でArany Janos Utca駅に着き、少し道を間違えたが駅から10分ぐらい歩いて宿に到着した。

確か6時前だったと思うがインターホンを鳴らしたらスタッフが出てきた。
対応もキチッとしていて何だか安心した。
彼女は言った。
「周りが煩かったり、少しでも嫌だと思う事があったら言ってね。私達は24時間営業だから、いつでも笑顔で対応するからね。」

こんなに早く来たのにチェックイン出来、ドミトリーのベッドまで用意して貰い、朝食も今日から食べて良いと言われたので嬉しかった。
wifiで少しインターネットをした後2時間眠った。

8時過ぎ、受付の前にあるリビングルームの様な場所で朝食を摂る。
珈琲、紅茶、マーマレード、パン、コーンフレークを無料で食べる事が出来る。有難い。

ここで沢山の欧米人を見たが、何となく彼等と話したくなかった私は下を向いたまま朝食を食べ、その後シャワーを浴びた。シャワーのついでに下着と靴下を洗った。

その後慌てて外出し10時半スタートのフリーウォーキングツアー(要チップ)の集合場所へ早歩きで向かった。10時半集合だが、集まるまで10~15分は待ってくれるそうだ。

道に迷ったが、またそこに警備員が居たので尋ねると彼もまた親切だった。

何とか集合場所に辿り着くと、ツアーは2グループに分かれており、どちらも20人以上参加していた。

1時間程度で終わると舐めてかかっていたが、結局そのツアーは14時に終了した。

そのツアーではブダとペストを見て周るのだが、私にとっては結構いい景色を見る事が出来た。

その後、ガイドさんと参加者6人ぐらいで、ガイドさんオススメの安くて美味しいレストランへ連れて行って貰った。メニューはハンガリー語だったのでガイドさんが全て私達に説明し注文したいものを代わりにオーダーして貰ったのでとても助かった。

色々悩んだ結果、私は紫キャベツを酢で煮込んだ様なものとジャガイモを炒めたもの、ソーセージのセットを頼んだ。とても美味しかった。

22時、外があまりにも煩い。外を確認すると先ず、隣のドミトリーの部屋が扉を開放したまま大音量で音楽を聴いている。そしてそこからピチピチのパンツをはいた男が出てきたので睨み付けた。その後、外のバルコニーで彼等は音楽を大音量で聴き出した。
私は先ずパンツの男に日本語で「静かにして」と何度も言ったが全く聞かず、外に居る男達に怒りを我慢し搾り出した英語で「Ah, I can’t sleep.(眠れない)」と言うと彼等は音楽を止めたが、私がそこを離れた途端に「Japanが何か言っている。」と笑い出し再び彼等は音楽を大音量で聴き出した。私は彼等の間を抜けて受付に「私が言っても聞かないから頼む。」とお願いし上の階に上がって貰ったのだが、その時は男達は勘付いて部屋に戻った後だった。だが、煩かった男達の内の1人を見つけたのでスタッフに「こいつ」と伝えると、その「こいつ」は言い訳を始め、知ってるくせに私に「どこの国から来たんだ?」と聞く。そしてパンツの男が出てきて「今静かにしたよ、ごめんね。」とうわ辺で私に謝った。
頭に血が上っている私はとにかく彼等を睨み付け嫌味を込めて「あんたたち、どこから来た?」と聞くと、煩かった奴等は全員ギリシャ出身だった。行ってもないギリシャのイメージが一気に下がった。

小さいコミュニティに居る時だけ虚勢を張っている人間は大嫌いだ。日本にもよくあるパターンだ。
1人で煩くしているのならまだ良い。本当に楽しんでいるのならまだしも、大体この輩は周りに嫌な思いをさせようとしている奴が多い。

とは言え、本当に無神経な2人の欧米人女性も居た。彼女達も注意されていたが、彼女達は22時過ぎに外で歌を歌っているだけでなく、何故か皆が使うロビーへの外の入り口にギターや色んな物を置いて座り込んでいてとても邪魔だったのだ。
日本人に於いても海外で集団行動すると、とてもマナーが悪くなる奴を見かけるが、欧米人には参ってしまう。みっともない。
だから観光地は嫌いだ。観光地は外国人が多く、マナーの悪い奴も多い。
現地の人々に触れ合いたい私としては正直つまらない。

ハンガリーでは人には出会えない様な気がするが、そんな事を言いながらもブダペストの景色は私にとっては最高だった。

*後日校正、追記予定

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5月22日(ルムニク・ヴァルチャ ルーマニア)*後日校正追記予定

(自分のための日記)

6時半起床。
podcastで「爆笑問題カーボーイ」を聞きながら前髪を切ったり、ムダ毛の処理や化粧をして身支度を整える。

7時半頃、昨日と同じくヴルチャが私を除いて1番に起きて来た。
しかし今朝の彼女は昨日と様子が違った。
私に一言も挨拶を交わさず独りで隅のテーブルに着き黙って朝食を食べていた。
どうやら昨日の朝、彼女から貰ったコーンフレークはアン達のもので、アン達に叱られたのだろう。

ヴルチャは20歳ぐらいの女性だ。アン達と一緒にルーマニアの学校を周りボランティア活動をしている。

私から見た彼女への印象は「優しく大らかで天然ぶり満載の女性」だ。

どうやら、彼女はこの部屋にあるものを何でも食べて良いと思っているのだろう。
ルームメイトが彼女に対してウンザリしている様子が伺える。

ルームメイトをうんざりさせる原因は他にもありそうだその彼女の思考に悪気は無い。

コーンフレークに、ありつけなかった私は、昨日食べた余りであるピスタチオ入チョコレートと一昨日買ったヨーグルトを朝食にして食べた。

その後Facebookを確認していると、9時半過ぎ、アンが起きて階段を下りてきた。

彼女は寝起きなのにも関わらず、とても疲れた表情を浮かべていた。
一体、彼女の心の中には、どんな問題を抱えているのだろう。

アンは朝食を食べる事も無く10時にヴルチャと私と3人で部屋を出た。

昨日と同じバス停へ行くと、そこには既にボランティアのコーディネーター(リーダー)がベンチに座って待っていたので挨拶を交わす。
彼女は、私が今日も来るとは思っておらず、慌てて首を左右に振り、バスチケットを買ってくる様に言われた。

アンが私をキオスクの様な場所へ連れて行きバスチケットの購入を手伝ってくれた。

本来なら、バス1回利用につき4レイ(約126円)するが、前以て売店等でバスチケットを購入しておくと1回利用につき2.5レイ(約78円)となるそうだ。

バス停の前の道をぼんやりと眺めて待っていると他のボランティアのメンバーが1人来た。少し時間が経ち2人目、それからまた時間が経ち3人目とバラバラに集まって来た。私はこのゆったりとした時間の流れを心地良く感じた。

お互いに挨拶を交わし、その後到着したバスに皆で乗り込んだ。
私はここで初めてコンポステ(←実際の名前を知らないがチケットに時刻を刻印する機械)で、先程買ったバスチケットに刻印した。

11時前、昨日と同じ学校に到着し、校長室の様な場所で珈琲をご馳走になった。

校長らしき男性が、私が日本人である事を知ると大変喜び私がその後参加した教室までついてきて生徒達に「彼女は日本から来ました。」等と紹介していた。
生徒達の目は好奇心に溢れていた。何年生か知らないが年少にあたるのだろう。
その中には昨日会った子が数人居た。担任の先生らしき女性が私に生徒の席に座る様に言うので座ってみた。久しぶりの学校の机と椅子は何だか私にとっては心地良いものに感じた。

私は自身の学生時代を思い出したくないぐらい学校に居た時の自分が嫌いだ。

小学校の時は数年間に渡って、とても意地の悪い子に好かれた為に酷い目に合った。
何かある度に「死刑だ!」と言われ誰も居ない場所に連れて行かれ10人ぐらいの同級生から石ころを投げつけられる事もあった。ブランコから振り落とされて大怪我をした事もあった。その10人ぐらいの同級生の中には私の友人だったはずの子も居た。
思い出す事をしないので、あまり記憶に無いが、確か先生にも相談したが信じて貰えなかった様な記憶がある。

とにかく私は小学校で人間関係を学んだ。人間とは裏表がある生き物なんだと学んだのもこの時だった。

中学校、高校は(多分)大人しく過ごした。無駄なグループ行動(トイレに6人等のグループで行く事など)を避ける様に、気の合う友人を1人2人ぐらい作って常に何かについて語っていた。

ハッキリ言って「恩師」と言いたくなる先生も居ない。

とは言え、久々の学校は本当に心地良かった。
嫌な記憶が遠のいたからだろうか。

その教室では三角パックの牛乳とコッペパンが配られ、私はそれを見るだけでワクワクした。

今日はボランティアメンバーが生徒達に短編アニメを見せるそうだ。

私は前から二番目の席に座ってアニメが始まるのを楽しみに待った。
するとアンが私に声を掛ける。

「貴女は背が高いのだから前に座ったら他の子供達がアニメを見られないでしょ。」

当たり前の事を言われたのがとても恥ずかしく、私は照れ笑いをし顔を隠しながら黒板前のボランティアのメンバーが座っている席に座った。

アニメが始まった。私にはストーリーが全く解らなかった。中盤になってやっと理解したのだが子供達は最初から理解している様だった。

そのアニメは「日没後の世界」だけを持っているキャラクターと「日中の世界」だけを持っているキャラクターの話だった。

上映会が終わるとボランティアのリーダーが生徒達に質問していた。

「この物語から分かる事は何ですか?」

子供達は手を上げて沢山発表していた。発表する際の手の上げ方は日本とは違う。
殆どの子供達が右手を上げて親指と人差し指を突き出し左右に振っていた。

1時間経ち、年少の子供達は教室を出て、次に年長らしき子供達が入って来た。
彼等があまりにも私をジィーっと見つめるので恥ずかしくなり顔を隠すと彼等は面白がって私をからかい出した。
ちょっと悪そうな男の子は私にサングラスと煙草を渡してきた。彼等にとってはサングラスや煙草は格好良さの象徴なのだろう。彼等に悪気は無い。既に授業は始まっていたが、(皆会話しながらも授業を聞く事は出来るだろう)と私は皆の期待に応えてサングラスをかけてみた。皆は面白がって教室内は少し煩くなってきた。
マズいな。。。

ボランティアのリーダーが「静かにしなさい!」と何度か子供達に声をかけるがなかなか静かにならない。

静かにならないのでアンが子供達を諭そうとこんな事を言った。
「私は少ないお金で暮らしている。そんなにいい家庭で育った訳では無い。皆に教育という、いい暮らしをするチャンスをあげているのに何故分からないの?」

そしてリーダーは、見た目が一番悪そうで煩い男の子を追い出した。
その子は後で戻って来たがリーダーが彼を赦さなかったので彼は言葉に出来ない気持ちをドアにぶつけて飛び出ていった。
その後、リーダーは校長に彼に対するクレームを出し、「今後このような態度が続くなら、この学校へのボランティア活動は辞退します。」と伝えたそうだ。

私は彼等なりに頑張っているボランティアのスタッフ達に口出ししなかったが、私としては、この教育の仕方は一切納得出来なかった。

ボランティアのスタッフ達は結局、自分達の思い通りにさせる為にこんな事を言っただけだし、リーダーの行いに関しては単にリーダーのプライドが傷ついたから彼を追い出したのだろう。

ボランティアをするのだから、きっと普段は(何かに於いて貧しい状況にある子供達に何かしてあげたい)という気持ちがあるに決まっている。

だが、今日の彼等を見て私はとても残念に思った。
ボランティアのスタッフ達は先進国の常識で子供達を見ている様な気がする。
子供達はジプシーと呼ばれる子供達だ。今までの生活習慣が私達と違い過ぎるのだ。
態度だけで、「良い人間」「悪い人間」と決めないで欲しい。
時間は掛かるが、人間なのだから動物のしつけの様に頭ごなしに育てるのでは無く、子供達に理解させてから教育すべきだと思う。私は自由奔放なこの子供達に私が受けた様な日本の教育を受けて欲しくない。自分らしさを失って欲しくない。彼等らしく成長して、日本に足りないものを教えて欲しい。

言い訳にはなるが、私は周りの人に怒られながら成長してきた。日本は常識や礼儀に煩い。どれだけ優しい心で接しても態度が悪ければ叱られる事がしょっちゅうあった。
個性を活かしたい私としては納得出来ない事だったが、あの時の辛い周りの教育のお陰で、現在の旅はとても楽に出来ている。日本の所作は、どの国で行っても理解して貰える。例えば言葉が通じなくても笑顔でお辞儀をすれば殆どの人は私が「ありがとう」と思っている事に気づき笑顔が返ってくる。

*後日校正追記予定


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5月13日(イスタンブル2 トルコ2)

(自分のための日記)

7時半起床。
ハーレのアパートメントはとても乾燥していて私は鼻詰まりになっていた。
トルコもイランも今まで行った国の中で特に室内の乾燥が激しい。季節のせいか室内の暖房設備に関係があるのだろうか。
先日、4月後半に行ったイランは外も酷く乾燥していて、そのせいか毎日、眉間と鼻の周り、口の周りの皮膚が剝けていた。

ハーレはまだ寝ているので彼女の向かいの部屋に居る私は暗い部屋のベッドの上で日記を書く。今日は何をしよう。そしてブルガリアの次はどこへ行こう。

9時半頃、物音がするので部屋を出るとハーレがキッチンで作業をしていたのでお互いに挨拶を交わす。
結局昨夜、ハーレは掃除だけでなく模様替えまでした様でリビングルームの雰囲気が昨日と変わっていた。掃除と模様替えをたったの1時間でやったそうだ。ハーレは言った。

「ストレスが溜まっている時って片付けや模様替えをしたくなるでしょ?だからスッキリした~!」

やはり、昨日ハーレはとても機嫌が悪かった様だ。

そしてハーレは昨日と同じく私に朝食を準備しトレイに乗せて私に渡してくれた。
今日の朝食はクリームチーズ2種、ハーブ入パン、フランスパンの様なもの、ハーブとオイルを掛けたオリーブ、苺入ヨーグルト、ピスタチオ入ハム、砂糖入紅茶。

ゆっくり朝食を食べ、その後パソコンを借りて友人にメールを送るが日本語を送る事は出来ないのでトルコ文字をローマ字入力してメールを送った。

傍でテレビを見ていたハーレが突然大声で爆笑したので心臓が痛くなった。

13時前外出。

ハーレは髪型が気に入らないと言って、私をバス停まで案内した後バス停の前にある美容室へ入って行った。

私は前回トルコで買ったistanbulkart(メトロやバスで使用するプリペイドカード)を使って35番(確か35Aだったと思う)バスに乗ってグランバザールまで向かった。このバスに乗れば終点がグランバザールなので私でも簡単に移動出来る。
バスも路面電車も同じ金額だ、とハーレは言っていた。

バス内は混雑していて私は最前列のフロントガラスの前に立っていた。
やはり私はイスタンブルの街並みが大好きだ。
どこからかジェームズ・ボンドが出てきそうでワクワクする。

20分程経過して終点に到着。

運転手にグランバザールの場所を聞こうとしたら、乗客の男性が「俺が答えてやる。」と煩いのでウンザリしながら尋ねると彼は親切にグランバザールの入口まで私を案内し手を振って去って行った。彼は意外にも紳士だった。

グランバザールは外国人観光客が多く店のスタッフが作り笑いをしているのを見て嫌になりすぐに、ここを出て歩いてエジプシャンバザールへ向かった。1~2kmの距離だ。結局エジプシャンバザールの中には入らず、周辺を散策してSirkeci Tramvay駅にある機械でistanbulkartに5リラを追加して路面電車に乗りCapa-Sehremini Tramvay駅で降り辺りを散策した。ここにはカフェ等の店が沢山あった。可愛らしい猫も沢山居た。

歩き進んでいると野菜や果物を売っている市場を見つけた。
例えば真っ赤なトマトを1kg2~3リラで売っているのだが奥へ進むと再び真っ赤なトマトが1kg1リラで売られていた。ピーマン、ナス、キュウリ、じゃがいも、玉葱、レモン、オレンジ、リンゴ、ドライフルーツ、そしてアーティチョーク等が売られていた。どれも美味しそうだった。

長く続いた市場を抜け、歩いていると色んな場所に猫が居るのでそれぞれ写真に収めていると、ある店の商品が、大きいワゴンに入って歩道に置いてあるのを見つけた。その下で猫が眠っていたので私は再び写真を撮っていると車がクラクションを鳴らしてこちらへ向かって来た。
トルコの運転手達は自身で前後左右を確認する前にとにかくクラクションを鳴らす。とても腹立たしい。
車道にはみ出ている訳でも無かったのだが私は嫌々歩道の隅に寄った。すると猫はクラクションに驚いて車の方へ向かっていく。だが車もスピードを出していないのですぐに気づいてブレーキを踏むだろう、と思っていたらその車は見事にその猫を巻き込みだした。猫の身体は半分見えず、前輪に巻き込まれる寸前だった。私は両手で顔を押さえて「キャッ!」と言うと車は停まり、猫は車から出て逃げていった。その車にはスカーフを巻いた女性が2人乗っていた。呆然としている私にその2人はトルコ語で文句を言い出した。

日本は車のマナーに関しては最高だと思う。

だから、というよりは当然にとても腹が立った私は日本語で2人を怒鳴りつけた。

「信じられない!何で前を見て運転しないの?常識無さすぎ!最低!何なの?あんたたち!先にクラクションを鳴らす前に確認しろ!」

何と言ったかあまり覚えていない。だが、2人が私を怒鳴るので私は両手を振りかざし、カトマンズのインドビザセンターの時と同様に2人を指差しながら2人が無言になるまで怒鳴り続けた。傍に居た店主はそれを見て笑っていた。

「クソッ!」と思いながら再び歩き出す。
その後5分間は苛々していたが、その後は気持ちが落ち着いていた。

私が行った国の殆どは、こういった言い争いをし易い。人間には言い争い、意見のぶつけ合いが必要だと思う。今、それを実感した。

現在の日本では喧嘩や言い争いが「とても悪いもの」と捉えられている気がする。

私は以前働いていた会社で時々上司等と言い争いをしていた。だが、周りは見て見ぬふりをし誰一人仲裁に来ず、影で「あぁ、またアイツが上司に噛み付いたよ。」と飲みの肴にされてしまう。そして上司はプライドを傷つけられたと根に持ち半年に一度実施される部下の評価を下げる事で復讐を成し遂げる(その人はもう私の町には居ない)。

もしも、言い争いが日常的に行われていたら日本人もそれに慣れて自身の意見を容易に発する様に変わっていくだろう。そして人間も会社も発展する。
ごく稀に言い争いが起きるので相手がとてもショックを受けて口喧嘩した相手を殺したり、自殺するのかもしれない。
私だって、突然怒られたらショックだ。だが、何度か言い争いをすればショックを受けなくなり、言い争う事で自身の意見の再確認をしてストレス解消をし、翌日には忘れる事が出来る。

言い争いが無い分、日本人のストレスは大きいだろうし、意見を表面に出せないと思っている人が多い分、意地が悪くなっている気がする。

日本は自由な国だと思っていたがそうでは無い。

どちらかと言えば日本(特に大企業)は「言い争いをしてはいけない、黙って言う事を聞く」事が暗黙の決まりで、「言い争いをする、言う事を聞かない」事を暗黙で(してはいけない)事にしている。

答えを2つ用意すべきだ。

言い争いをしても良いし言い争いをしなくても良い。

例えば、総務のお茶出し。最近は嫌がる人が多い(特にお局様等)。
私は「お茶出し」を重要視している。だから私はお茶を出すのが大好きだ。
理由を書き出すとキリが無いので書かないが、これも同じ事が言える。

お茶を出しても良いし出さなくても良い。

特にお局様達が躍起になって上司に言う。

「お茶出しは私達の仕事ではありません。」

そして会社の決まりが新たに生まれる。

「お茶出し禁止」

いいじゃないか、お茶を出したい人が出してお茶を出したくない人は出さない、それでいいじゃないか。何故何でも雁字搦めにしてしまうんだ?だから日本での仕事はストレスが溜まるんだ。お茶を出す姿を睨む暇があるなら自分の仕事をしろ。

日本人は一昔前の仕事のやり方が型にハマッっている。きっと日曜日だけ休みだった頃の方が心が豊かだったはずだ。現在の日本はおかしい。仕事を欧米化してはいけない。
日本らしく成長すればいい。他人に優しくなれない仕事なんて辞めてしまえ!

私が行った国の殆どは、そういった所に関しては大らかだったのが印象的だった。
特に先日行ったサフランボルの香水屋での事。
スタッフのエリフが日本人である私を見るなり大興奮して私に抱きついて「うふふ」と何度も笑っていたので私はエリフが店主に怒られるのでは無いかと心配になったが、そこの店主がとても素晴らしい人なのだ。彼は私に言った。

「君を見ている時のエリフはとても幸せそうで僕も嬉しい。そして君のお陰でエリフは英語をもっと勉強したいと言っているんだ。本当に君には感謝しているよ。」
上司とはこうあるべきだ。

私が仕事で例えるなら「お茶出し」と言うが他にも色々あるだろう。とにかく仕事とまでは言えないグレーの行動を上司や周りは大らかに見守ってあげれば良いのに、と思う。

グレーの行動を大目に見る事でその人の個性が成長し会社としてかけがえの無い存在になるはずだ。現在、会社に居る人達は個性が無くなりつつある様に感じる。
これでは、全て機械で賄う事が可能だろう。

猫の件に関してもそうだ。

日本では暗黙の決まりで

野良猫に餌をあげるのが悪、野良猫を嫌って餌をあげないのが善

になっていないだろうか?

野良猫を嫌いでも良いし好きでも良い。
私も小心者だから野良猫に餌をあげない。周りの日本人に何と言われるか分かったもんじゃない。マンションの1階にベタベタ張り紙するんじゃなく、野良猫が嫌いなら猫に「しっしっ」と言えば良いし、この家の前で猫に餌をあげて欲しくないなら直接その人に「私は猫が嫌いなんで餌をあげないで欲しい。」と言えば良い。
(家の前って大体公道じゃなかったっけ)
何故、猫に餌をあげる人も猫を嫌う人も影でストレスを溜めながら意志を表明しているのだろう?

犬や猫を沢山殺している日本なのに何故日本人は菌に弱いのだろう。

この世界は人間だけのものではない。

日本人は意地が悪くなっている。人間としての質が衰えつつある。

日本人は賢いはずなのだから他の良い所を沢山貰ってもっと良い人間に成長できるはずなのに。

日本は表面の美化に努め過ぎているのでは無いだろうか。
そこに力を入れすぎて一番大切な「心」が後回しになって最近おかしな事になっているのでは無いだろうか。

私は「好き」も愛情、「嫌い」も愛情だと思っている。
だから、好き嫌いがハッキリしてる事は愛情が深い証拠だと思っている。
そう考えれば「嫌い」という感情に対してストレスが無くなるのでは無いだろうか。


歩き続けていると昨日辿り着いたバス会社に着いたのでMETRO社に入ってソフィア(ブルガリア)行のバスを尋ねると約45リラ(約2,250円)と言われたのだが(*ハーレに確認するとそれは何かの間違いだとの事)24時間かかると言われたのでチケットは買わずに明日再訪する事にした。

昨日声を掛けられた店でAyran付のチキンケバブを食す。2.5リラ(約125円)とても安い。18時頃、wifiを求めてカフェに入りカプチーノを飲んだ後エルマ(リンゴ)風味の水煙草を注文。水煙草を吸いながらFacebookやメール等をチェックした。

20時過ぎ、何だか身体が痺れ悪寒がする。ここからハーレの家まで歩いて10分。
だが、このまま歩き出したら倒れそうな気がして、とりあえずそのカフェのトイレにゆっくり歩いて入って行った。
暫く座っていたが調子が悪い。

気分が悪かったので、とにかく吐いてみる事にした。
吐くと少し気分も良くなり、会計を済ませゆっくり歩きながらハーレの家に向かった。

22時前、ハーレは先に帰宅していて「今日はどうだった?」と色々聞いてきたので意識を朦朧とさせながらもある程度応えて私は彼女に言った。「ごめん、さっき吐いたばかりで気分悪い。」

事情を説明するとハーレは私に言った。
「チキンケバブがAyran付で2.5リラなんて安すぎる!なんでそんなものを食べたの?トルコの中では安いチキンケバブにはシーガル(カモメ)が使われているという噂なのよ。食べる時は高いものを食べなきゃ。病院代の方が高くつくかもしれないでしょ?安いのを食べたいならスープにしなさい!」

だが、実際に何が原因で体調を崩したか定かで無い。
現在私はピリオドの前、体調が悪い中、時間が経過した様なケバブサンドを食べ、慣れない水煙草をいつまでも吸い、久しぶりにカプチーノ(トルコの珈琲豆は店によっては古いものが多い、珈琲の需要が低いので)を飲んだ。

ハーレからSIRMAの炭酸水を貰い、そのまま就寝。

(本日の収支)
自宅周辺→グランバザール周辺 往復 確か5.94リラ(約297円)
                         *行 バス、帰 路面電車
Ayran付チキンケバブ     2.5リラ(約125円)
Sultan Cafe エルマ風味 水煙草 10リラ(約500円)
        カプチーノ   2.5リラ(約125円)

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4月15日(ボジュヌード イラン)

(自分のための日記)
昨夜20時テヘラン東バスターミナル発のバスは朝7時過ぎ、ボジュヌードのバスターミナルに到着。
夜明けの車窓からの景色は最高だった。断層がむき出しになった山々、山の麓に桜の様な花のついた色とりどりの若い木々、1つの山に継ぎはぎの様に続く畑、、、日本では見られない光景だった。

リクライニングシートに倒れ込む様に寝ていた私は昨夜から全くトイレに行っていない。先ずはトイレを探そうと出会った人に尋ねてみるが「あっち、あっち」と途中までついて来る割にはトイレの場所をハッキリ教えてくれず、とりあえずホームステイ先の彼が15分後にターミナルまで迎えに来るそうなので待つ事にした。

ボーっと立って待っていると色んな人にジロジロと好奇の目で見られる。
一昨日のテヘランでのトラブルのせいもあってタクシーの運転手が近づいて来たら「No, Thank you!」と追い払った。
私の目の前を女の子が2人通ったかと思えば2人で話し合った後振り返り、こちらに戻って来た。彼女達は私に言った。

「写真、一緒にいい?」(ペルシャ語)

喜んで一緒に写真に写っていると近くに居た2人組の女性もこちらに来て写真を一緒に撮った。
色んな話をしてくるのかと思いきや彼女達はその後「Thank you.」と言って去っていった。

待っていると1台のバスの周りに人だかりが出来ていた。

何だか分からないが有名人でも乗っているのかと遠くから覗き込んでいたらホームステイ先の彼が私の右側奥から歩いてきた。
彼とは以前からFacebookで交流をしていたが写真通りの顔で分かり易かった。

イランの既婚男性にどう挨拶して良いか分からずとりあず握手を交わす。
彼の車は少し綺麗でイランの中では金持ちのクラスになるのだろうか。
彼の車を見ていると傍の柱から彼の息子が飛び出て来た。この子が以前から紹介されている(煩くて手のかかる子供)なのだろう。彼の名前はアリ(仮名)。彼は4歳にも関わらず1人で車で待たされていた。危ない事もあるだろうが、彼が1人の大人として扱われている様に見えて羨ましく思った。

車の中でホームステイ先の彼と私が英語で喋っているとアリが「お父さん、何で英語を喋っているの?僕には分からないよ。」と言っていた。
彼にバスターミナルの人だかりの事を質問すると、それは兵役された軍人(兵役から帰ってきたのかと思う)を迎える人だかりだったらしく女性達が沢山の花を抱えていたのが印象的だった。

イランの交通マナーは現在私が旅してきた国の中では、とても悪い。どこから車が飛び出て来るか分からないし1車線の道でも突然車が2車線にしたり、追い越しは当然にある。とにかく手が出そうになる程に車のマナーが悪い。この交通マナーを見ているとUAEの交通を思い出した。UAEの方が断然マナーは良いが、運転の仕方が何となく似ている。

バスターミナルから10分程で彼の自宅に到着。家の周辺の街並みは10年前にホームステイしたアメリカ ロサンゼルスの住宅街の街並みを思い起こさせる。ただし、ここは庭が見えない。3mぐらいの高さの外壁で家と庭がカバーされているのだ。外のインターホンを鳴らしてようやく中に入る事が出来る。

庭に車を停め、車から降りると透明の玄関ドアがあり、その奥には奥さんと娘さんが待っていた。

(挨拶程度のペルシャ語と少々のマナーを勉強しておくべきだった。)

そう思いながら、彼女達に満面の笑みで「Miyuki!」と言いながら挨拶した。

そこには彼のお母さんも同居していた。あまり歩く事が出来ないのかソファに座ってこちらを見ていたので彼女に満面の笑みを送った。

その後、彼と12歳の娘さんは学校と仕事の為、外出した。

私は奥さんとアリと一緒に朝食を食べた。
未だ家の使い勝手やこの家のやり方が分からないので私はソワソワしながら朝食が準備されるのを見ていた。
朝食はトルコと似ていて、チーズ3種類、はちみつ、バター、(自家製ブラックチェリーの)ジャム、そしてパンはトルコとは違うイランスタイルの長くて平たい独特な形をしたパンだ。

私がホームステイした事のあるアメリカの家庭や私自身の家庭ではバターやはちみつ等を購入時の容器に入れたまま朝食のテーブルに並べるが、ここでは全ての食べ物を容器に移し替えてテーブルに並べていた。
(面倒臭くないのかな?)と思いつつ、陶器の器に盛られている食べ物を見ていると何だかとても美味しそうに、そして価値のあるものに見えてきた。

しかし、パンはテーブルの上に直に置かれた。

(全部食べなくては)とパンを全部食べ上げると奥さんがすぐにパンを温めて私の傍に置く。
結局、日本の食パンサイズの中身がぎっしり詰まったパンを3枚も食べてしまった。

気づけば朝食に1時間以上もかけてしまった。
日本に居た頃の朝食と言えば、食べないか、牛乳のみか、食パンと牛乳か、時間があれば味噌汁と御飯、といった所で、食べる時間も10分ぐらいだったと思う。その後はラジオの外国語講座を聴きながら慌てて身支度を整えて会社へ行っていた。家族と食べていても頭の中は次にやる事を考えているので家族と過ごしている気持ちにもならなかった。

ここは全く違う。
先ず奥さんが旦那さんと娘さんの為に朝食を準備する。
そして、家にずっと居るお母さんの為に別メニューの朝食を準備し、お母さんが座っている場所へ持って行く。
そして、アリと奥さん(そして私)の朝食を準備する。
落ち着いたら「ティー(紅茶)飲む?」と言い、トルコにもありそうな紅茶専用機でお湯を沸かしてアツアツの美味しい紅茶を作って皆に振舞う。

私にはここの奥さんと同じ事は出来ないだろう。

とにかく、私がぼんやりと朝食を食べている間、奥さんは24時間営業の煩いアリの相手を楽しみながら朝食をゆっくり食べていた。

この光景を見ていたら、また色々と考え込んでしまった。
日本でいい仕事をする為には、私の日本での朝食は間違っていないし、これは正しいとか間違っている、という話でもない。

だが、とにかくこの家の朝食が羨ましかった。時間を贅沢に使っている様に感じた。


その後、私の部屋を案内して貰い奥さんの気遣いに甘えてベッドに横たわっているとそのまま2時間以上寝てしまった。

目が覚めて慌ててキッチンへ顔を出すと奥さんが昼食の準備をしている。
12時過ぎ、旦那さんと娘さんと旦那さんの部下が家に入って来た。

(そうか、旦那さんは家で昼食を食べるのか。。。)

何という名前か知らないがテヘランでも食べた青菜の様なものを鶏肉と一緒に煮込んだもの(←見た目はほうれん草カレーに似ている)とネパールの時以来久々に見る大量のライス、おこげ、きゅうりとトマトと玉葱のサラダ、ヨーグルトが出てきた。

(私はここでも食べてばかりだな。。。)

そう思いながら大量の昼食を食べていると旦那さんが言った。

「ここはお昼休憩が12時過ぎから17時までなんだ。その後は17時から20時まで仕事なんだけどね。」

その後、チャイを飲みながら皆でゆったりと過ごし大きいテレビのある別室へ移動すると、そこにはゲーム機があった。
Zumbaが出来ると聞いたが、CDのリージョンが違っていた様で再生が出来ず、結局ダンスのゲームをアリが独占した。
私はCD側のダンサーの動きに感動しつつ、一生懸命ダンスをやっているアリにも感動したが、彼の踊りはお茶目で皆の笑いを誘っていた。このゲームの元のダンサーの動きはプロの様で、ゲームではあるが、暫くこのゲームをやっていたらプロ並みに上手くなれそうな気がした。

私は旦那さんのパソコンを借りてメール等のチェックをした。
旦那さんは「VPN NEXT」というプロファイルを使ってインターネットをしていた。
やはり、イランはトルコ以上にインターネットの規制が厳しい様だ。

夕方、雨が降り出して「今日は外出しない。」と奥さんが言っていたが、雨が止み結局外出する事となった。

庭にある林檎とブラックチェリーの花が満開で綺麗だった。
私が花の写真を撮っていると娘さんが他の場所から花を取って来て私にプレゼントした。


相変わらず私は色んな人から好奇の目で見られる。
イランの携帯のSIMカードを購入しにパスポートを持って携帯電話ショップへ行ったが、何故だか解らないが購入出来なかった。

すぐに旦那さんと合流し街中を歩いていると革製品の店を見つけ、奥さんがショーウィンドーを覗き込んだ後すぐに去ろうとすると旦那さんが言った。

「母の日も近い事だし何か買えよ。」

そう言いながら店内に居る旦那さんの顔は冗談ながらも泣きそうだった。
奥さんは靴を探していたがいいのが見つからなかったのか結局購入しなかった。
イランの中では高級そうなお店に感じたので私は旦那さんに靴の金額を聞いたら相場は5,000円ぐらいだった。
私は(安いなぁ!)と思い驚いたのだが旦那さんは、私が高くて驚いたと勘違いしてこう言った。

「な?高いだろ??」

私は「いや、安いですよ。」などと言えなかった。勿論言ってもよかったのだが。。。
20,000円の靴を買っても愛着をもてない私にとっては何だか新鮮な光景だった。
たった5,000円の靴だが、勿論イラン人と日本人の金額に対する価値観も違うのだが、とにかく大事そうに扱っているのが印象的だった。
やはり、お店や物が多すぎる所(日本等)に居る時と、お店や物が生活できる程度にある所に居る時とでは私の感覚が違うのだ。

結局家で待っているお母さんにバッグを購入して店を出た。

その後旦那さんとアリとは別れ人ゴミをかき分けて奥さんと娘さんと私はアートギャラリーへ向かった。
入口入ってすぐには5畳分ぐらいの部屋がありそこには木(かき集めてきた様な枝等)で作られたアート(鏡や壁掛けの棚等)が並べられてあった。

奥の部屋は10畳分ぐらいの広さがあり、そこには木にマジックで絵を描いている男性が居た。その人はイランでとても有名な画家らしく、飾られている絵は殆どが、木々の中に彼のお母さんが隠れている絵であった。

そこにはペルシャ語の書道アーティストも居た。
私はインドのデリーの高級ホテルでアラビア語の書道が飾られていた事を思い出した。
彼は私が日本人である事を知ると「日本の書道用の紙を使った事があるが、とても素晴らしい。」と言い出した。
彼と話している間、スタッフの女性に沢山写真を撮られた。化粧をしてくれば良かった。

大体アーティストや作品を撮影すると怒られる事が殆どだが、ここの人達はとても気さくだったので一応許可を貰った上で私は作品の写真を撮った。その後、アーティストがわざわざ一緒に写真に写ってくれたのが嬉しかった。

そこのスタッフに、日本からわざわざ来てくれたのだからと記念品を頂いた。
直径20cm程の丸太の中心を割って中に厚い日記を挟んだもので2kg近くしそうな程に重たかった。

そこのギャラリーで一番印象に残ったのは目が大きい、白頭巾を被った赤ちゃんだ。
歯を喰いしばる様に口を何度も力強く閉じながら既に長いまつ毛が生えている目はクリクリと見開いていた。
その赤ちゃんの目力には大変恐れ入った。

その後、帰宅して奥さんはお母さんに母の日のプレゼントを渡した。
お母さんは微笑んで手をゆっくり動かしながらプレゼントのバッグを中までじっくり眺めていた。

素朴で素敵な光景だった。

(本日の収支)
ナシ


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4月29日(ヤズド イラン)

(自分のための日記)

8時過ぎ起床。昨夜は夜中の1時に目覚めてレンタルしていた「ミッションインポッシブル ゴーストプロトコル」を再びiphoneで観た。
汚ならしいシャワー室でシャワーを浴びる。鏡や物を置く場所がありホットシャワーが出るのは有難いが。。。
濡れた髪にスカーフを巻いて中庭へ向かいビュッフェスタイルの朝食を摂る。

ボジュヌードでイランスタイルの朝食を学んだ後のホテルの朝食は気分のいいものだった。
朝食の食べ方や紅茶の入れ方を既に知っているからだ。

私はボジュヌードで気に入ったトマトときゅうりを沢山皿に盛って塩をかけて食べた。

部屋に戻ると韓国人夫婦が荷造りをしていた。
私はバックパックを背負いながらその夫婦と会話をした。彼女は言った。

「私は木村拓也が好きです。」

そして彼女は知っている日本のドラマのタイトルを沢山挙げて来た。とにかく彼女は日本のドラマが好きらしい。
私も彼女に韓国ドラマが好きな事、そして俳優オム・テウンがドラマ「復活」で号泣しながらご飯を食べる演技が素晴らしかった事を伝えた。

10時過ぎ、韓国人夫婦曰くチェックアウトの時間は12時との事だったが早めにチェックアウトの手続きをした。宿泊代230,000リアル(約766円)を支払いパスポートを返して貰いバッグパックを預けた。
宿の格好いいスタッフに確認を取り、バスが出発するまで宿の中庭で再び 映画ミッションインポッシブル ゴーストプロトコルを観ながら日記を書いた。
格好いい彼に23:00発のバスでシラーズへ行く旨を伝えると「チケット買わなくて大丈夫?現地で購入出来るか約束出来ないけど。。。」と親切、というよりは不安を煽る様に言って来たので、それを聞いて、バスチケットは現地で購入出来るだろうと予測した。

(今日は外に出ないぞ!)

中庭の隅で映画やインターネット、日記を書いていると時間が経ち、お腹が空いてきたので昨日買ったオレンジやボジュヌードで貰ったチョコレートを食べてお腹を満たす。
その後も中庭で映画と日記に夢中になっていると私の右側にある通路に立っている男性から声を掛けられた。彼の言葉は日本語だった。

日本人と話すのは1ヶ月ぶりぐらいだろうか。

彼は例えて言うなら本社によく居そうな顔立ちの人で、癖が無く話し易そうな印象を受けた。
私はここぞとばかりに彼に、イランのタクシードライバーに対する文句を言った。

結局、イランで1人で行動する事が嫌になった私は、その日本人の彼に着いて行く事にした。
彼の名前はゆうじさん(仮名)。

彼はここから歩いて15分程の宿に泊っているらしく、早速ここを出て一緒に歩いて宿へ向かった。外は既に暗くなりつつあった。

彼が泊っているドミトリーはとても広いのだが2段ベッドが20個以上ある様に見えた。
そして、バスルームは1つしかないので寝る前はとても混み合った。
私は翌朝シャワーを浴びる事にした。

その宿の近くの宿にレストランがあり、そこへ行き、見ても解らないメニューを覗き込んでいると昨日会った日本人夫妻に遭遇した。その2人とは挨拶を交わしただけですぐにレストランの席に座る。席と言っても高い床にカーペットが敷いてあり、ソファの代わりになる様なクッションがあるだけなのだが、その席がとてもリラックス出来て心地良かった。
ただし、料理は床の上に置かれるので、屈んで食べるのに少し苦労した。

その後、宿に戻り、中庭でチャイを飲む。この宿の中庭の雰囲気は最高なのだが、真っ暗な所からデカいゴキブリが出てきた事がとてもショックだった。
デカいゴキブリを見るのは久しぶりだった。

宿でwifiが出来るとの事だったが0時を過ぎるとwifiが使えなくなった。

結局wifiで作業をする事も無く1時前に就寝。

(本日の収支)
オリエントホテル(ドミトリー) 230,000リアル(約766円) *ホットシャワー、無料wifi(iphoneだと動きが遅いがノートパソコンの方が少しだけ早い)
夕食*ゆうじさんから奢って貰う。


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5月11日(サフランボル→ゾングルダック→エレグリ トルコ2)

(自分のための日記)

6時半起床。荷造りをして身支度を整えるがディララが起きて来ないので再び眠りにつく。
9時、「ミユ~」とディララが呼んでいる声が聞こえたので部屋を出てキッチンへ向かい朝食を摂る。
朝食はホットサンドで焼いたパン、グレープソース、オリーブ、綱の形をしたチーズ、チョコレート味のシリアルだった。

食後に2人共紅茶が入ったマグカップを持ったままリビングへ向かい、私が今から向かうゾングルダックにあるMIYAZAKI PARKがどこにあるのかインターネットで調べた。
結局インターネットでは場所が分からずディララが電話で大体の場所を調べてくれた。
そして、現地で場所を聞く為にインターネットに載ってある宮崎さんの銅像の写真を私のiphoneに収めた。

インターネットの情報によると、MIYAZAKI PARKとは、ゾングルダック県コズル市にあり、トルコのワンでの大地震後にボランティア活動に向かった宮崎さんが、その後の余震で亡くなり、それを知ったコズル市の市長がコズル市に宮崎さんの銅像を設置した、との事。
私としてはあまり興味は無かったのだが、私の友人の友人がこの宮崎さんの親戚だそうで、宮崎さんのお父さんはこの銅像を見たらしいが、宮崎さんのお母さんが未だこの銅像を見られていない、と友人から聞いた。
友人の願いとしては「銅像の写真を撮って送って欲しい。」との事。

銅像なんて、と思うが、きっと宮崎さんの関係者にとって価値のあるものに違いない。

2回目のトルコはカッパドキア、パムッカレに行ってみようと思っていたが、私としてはこちらの方を重要に感じたのでゾングルダックへ向かう事とした。

10時過ぎ、ディララと2回目の別れの挨拶を交わし、彼女の自宅の近くにあるバス会社へ向かう。

10時半、無料シャトルバスが出発。乗客は私のみだった。

10時45分頃、クランキョイバスターミナルに到着。METRO社のバスが既に到着していたので乗ると、私の席にスカーフを被った女性が座っていた。
どうしても私の席(窓側)に座りたい私は彼女にチケットを見せるが、彼女と傍に居た男性が「隣に座れ。」と言うので渋々彼女の隣(通路側)に座るが、彼女は私の座席の半分を占拠しているのだ。そして彼女は私に「貴女の持ち込んだリュックが邪魔だ。」と言っている様だった。私にとっては、この小さいリュックよりも貴女の方が邪魔で仕方無い。私は彼女に日本語で伝えた。

「あんたにリュックの事を言われる筋合いは無い。」

そして傍に居た男性はその女性に私の事を「このヤバンジ(外国人)が。。。」と言っていた。

とにかく私はその2人がとても気に入らなかったし、何より彼女の隣の席は小柄な私ですら座れないのだから一度バスを降りて、スタッフに両手をクロスして「×」とアピールしながら首を左右に沢山振るが、分かって貰えず再び同じ席に戻されそうになった。
私は彼に首を沢山振って「ノー!ノー!」と言うとようやく状況に気づいて貰え、最後部座席に座る事が出来た。途中乗車を除くとこのバスには8人ぐらいの乗客が居た。

このバスは残念ながらwifiは使えず、サービスは、手に乗せるレモン水と飲料用の水のみだった。

ムスッとしたまま座っていると運転手がチケットの確認に来た。
その運転手はすぐに私が座っている席が違う事に気づいたが先程のスタッフが何か伝えた様で運転手は「この席で大丈夫ですよ。」と言っている様で私は安心した。

だが、私はこのクソババアとクソジジィに腹が立っていた。

クランキョイからゾングルダックまでは2時間掛かった。くねくねの道をスピードを上げて走っていたので最後部座席に居た私はとても疲れてしまった。

クソジジィは山の中で降り、クソババアはゾングルダックのメイン通りで降りた。そしてメイン通りで全員降りてしまった。

私はスタッフ2人に「ゾングルダック バスターミナル」と何度か言うとバスはバスターミナルへ向けて走り出した。

念のために彼等に「MIYAZAKI PARK」の場所を聞くが全く知らない様で運転手が途中でバスを停め、同僚らしき人達に私のiphoneの写真を見せながら場所を聞いていた。

結局、その運転手は気を利かせて私をMIYAZAKI PARKへ連れて行った。

しかし、最初に行った場所はアクアパークという場所で、そこにはプールや滑り台があった。隣にはお洒落なカフェがあり、そのカフェの周りには浅いプールが一面に広がり傍には遊園地の様にアトラクションが沢山あった。

そのカフェに入って再び運転手がMIYAZAKI PARKの場所を尋ねる。
やはり皆知らない様だったが一生懸命説明している人が1人だけ居た。どうやら彼はその場所を知っている様だ。この町も外国人が少ないのか皆が私をもの珍しそうに見ながら笑顔で手を振ってきたり「Bye」と声を掛けられた。

そのカフェで運転手からチャイをご馳走になる。チャイの器はいつも使っているものより大きかった。砂糖を2本入れて急いで熱いチャイを飲むと運転手に言われた。

「そんなに慌てないで、ゆっくりでいいんだよ。」

そのカフェを出て再びバスを走らせると左手に海に沿って公園があった。よく見るとそこに宮崎さんの銅像があった。その銅像は全身では無く肩から上までの銅像なのだが、宮崎さんの銅像が道路を向いて立っていた。

「あった!!!」

バスをガソリンスタンドに停め、他のスタッフが清掃をしている間に運転手が私を連れてMIYAZAKI PARKまで連れて行ってくれた。
私は宮崎さんのお母さん達の為に沢山写真を撮った。

宮崎さんと私の出身地は同じだ。

宮崎さんの銅像が置かれている場所は、私の出身地のある場所にとても似ていたので、とても不思議な感覚に襲われた。一面に広がる海も似ている。

宮崎さんの銅像を洗ったり、花を置くつもりでここまで来たが、結局それはしなかった。
何故なら、銅像はピカピカで既に綺麗で、とても素敵な場所に設置されていたから余計な事をしたくなかったのだ。
宮崎さんのお母さんが来たら、きっと喜ぶに違いない。ここは気さくな人が多いので近い内にお母さん達も来られたら良いのだが。。。

写真を撮って満足した私は運転手に誘われMIYAZAKI PARKのカフェで再び甘いチャイを飲んだ。そしてゴマ付のシュミットまで買って貰った。

陽射しは強いが風は冷たい。

暫く青い海を眺めて歩道橋を渡りバスへと戻る。
運転手の彼がスタッフに「掃除が行き届いていない。」と注意する。
何だか日本に帰ってきた様な光景だった。

運転手の彼がスタッフにガラスの拭き方を指導していると、そのスタッフが「ここも汚れている。」と言い、運転手は反射神経で汚れた箇所を拭いていたのが何だか滑稽にみえた。

私はバスにあった菓子と水を貰い、バスは再び走り出し、ゾングルダックのバスターミナル(オトガル)に到着した。どうやらMIYAZAKI PARKとバスターミナルの距離は歩いて30分ぐらいの様に感じた。

バスをパーキングに停め、運転手の彼はエレグリ行のバスが出発する場所まで私を連れて行き、出発まであと15分あったので再びチャイをご馳走になった。
チャイを飲んでいる間色んな人に好奇の目で見られる。目が合うと皆照れながらも微笑むのが愛らしかった。色んな人が運転手を通じて近づいてくる。

15時、エレグリ行のミニバスが到着。運転手の彼が私のバックパックを運び最後に握手を交わして別れた。

何度か急ブレーキに起こされながら約1時間後、エレグリに到着した。

先ずはイスタンブール行のチケットを購入しに行くがなかなか会話が成立せず困っていると隣に居た客が英語を話せると言って仲介してくれた。

深夜0時45分発のチケットを購入。

荷物をベンチ下に預けて早速海沿いを歩く。時間帯や気候が起因しているのだろうが今日の海はエレグリよりもゾングルダックの方が魅力的だった。

やはり海沿いには猫が多い。

カフェには沢山の客で溢れて居た。どこからこんなに人が集まるのだろう。

食べ物が並ぶ露店からそれぞれ挨拶をされて気分が良かった。

暫く歩いていると「Piramit」というカフェを見つけた。
早速入って安いハンバーガーを注文しインターネットをした。この席には偶然にもコンセントがあったので壊れかけのパソコンで暫く作業をする事にした。

近くに座っていた家族が私に近づいて来た。

「娘と一緒に写真に写って貰えませんか?」

嫌な気はしなかったので遠慮なく一緒に写ると娘さんは「キャッ」と言いながら喜んでいた。可愛いな。

20時半、やっと陽が沈んでいった。

(本日の収支)
ゾングルダック→エレグリ バス 7リラ(約350円)
エレグリ→イスタンブール バス 35リラ(約1,750円)
Piramit チャイ 1リラ(約50円)
    ハンバーガー 3リラ(約150円)


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5月9日(トラブゾン→サフランボル トルコ2)誕生日おめでとう

(自分のための日記)

6時起床。
何だかお腹の調子が悪い。

ザフェは既に仕事に出かけた様だ。

podcastを聴きながら干していた衣類をバッグパックに詰める。
未だ乾いていない衣類があったので、この部屋に置いてあるストーブの近くに置いて乾かした。
昨日洗った靴が未だ乾かない。

9時過ぎ、無性にトルコの美味しいパンを食べたくなり昨日と同じくビーチサンダルを履きジャンバーを羽織って外出するとやはり数人に足元を見られた。

パンを買ってすぐに部屋に戻り、昨日買った美味しいヨーグルトとパンを食す。
やはりトルコのパンとヨーグルトは美味しい。

今夜バスに乗るのでデジカメとパソコン、携帯電話の充電をしながらヨーロッパについて調べた。

最近、すっかり忘れていたはずの、ある人の夢を何度か見た。
何故だろう?と考え込んでいると今日は私が好きだった、ある人の誕生日である事に気づいた。

彼は私の好みの顔をしていて優しく人間味のある心の大らかな男性だった。
そして素敵な声の持ち主でオシャレで話も面白く、賢そうに見えるのだが時々不思議な発言をするのが魅力的だった。

とにかくそれは私の片思いだったのだが、私は彼から形にならない素敵なプレゼントを沢山貰った。
彼は私にプレゼントをあげた等とは一切思っていないだろう。

きっと彼は今も忙しく働いている事だろう。もっと楽になればいいのに。

そんな素敵な彼に対して心の中で「誕生日おめでとう!」と言った。


13時、もうすぐザフェが帰ってくるはずだ。

14時過ぎてもザフェは帰って来ない。「困ったな、別れの挨拶をしたいのに。」
とりあえず、バスルームの電気を点け、部屋で歯を磨いた。
すると、部屋をノックする音が聞こえる。扉を開けると、そこには白いガウンを羽織ったザフェが立って居た。

「バスルーム使ってもいいか?」

私はザフェに聞いた。

「あれ?今日ずっとここに居たの?仕事は???」

ザフェ「寝坊したから休んだ。」

私はふと、(このアパートで大きい独り言を言ったり何か変な事をしなかったか?)不安にかられた。

結局、16時前にザフェのアパートを出た。今回もザフェがバスターミナルまで見送ってくれるかと思いきやザフェは彼女からの連絡を待っているそうで、今回はアパートで別れの挨拶を交わした。

私はザフェを友人として、とても好きだ。
今度こそ彼とは暫く会えないだろう。
だが死ぬまでに必ず再会したいと思っている。

メイダン広場の傍にあるMETRO社でサフランボル行のバスチケットを購入。
無料シャトルバスが30分後に出発するとの事だったのでバッグパックを預けてメイダン広場を歩いていると、とあるレストランからスタッフが走って来て私に手を合わせてお辞儀した。

(日本ではそんな事はしない。)

そう思いながらも彼のその動きがお茶目だったので思わず私も一緒に手を合わせてお辞儀をした。

結局、そのレストランでスープをオーダー。

wifiも使う事が出来た。

スープを食べ終わると再び腹痛に襲われた。

その後、METRO社へ戻り、到着した無料シャトルバスに乗ってバスターミナルへ向かう。
バスターミナルで30分程待つとサフランボル行のバスが到着したので荷物を預けて乗り込んだ。

18時出発。
菓子は出ないがドリンクサービスがあった。
私は休憩時に全く外に出ず、2座席に身体を折り畳む様にして眠った。

明日の6時にはサフランボルに到着する。

早くエリフに会いたい。

*後日追記予定


(本日の収支)
トルコの美味しいパン 1.5リラ(約75円)
トラブゾン→サフランボル バス 60リラ(約3,000円)
スープ(パン付) 4リラ(約200円)

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4月28日(ヤズド イラン)

(自分のための日記)

マシュハドを昨夜19時に出発したバスは朝9時半にヤズドのバスターミナルに到着。

シラーズ行のバスチケットを買おうと暗いバスターミナルの中に入ると建築学科を卒業したばかりだという大学生に英語で声を掛けられる。どうやら日本で仕事をしたいらしい。
建築に関わる仕事をしていた私としては密かに持っている私のプライドが彼の態度を赦せなかった事、そして何より私が彼の事を何となく好きでは無かった事もあって私は彼の質問に適当に返した。

昨日泣き過ぎ、しかもバスに乗り続けていたせいか何だか疲れる。

結局バスチケットは当日に買う事にして外へ出るとタクシースタンドの様な場所があった。
そこでタクシーチケットを買ってタクシーに乗られるそうなのだが60,000リアル(約200円)と言われてもテヘランのタクシードライバーに対しての酷いトラウマの様なもののせいか、とても信用出来なかった。

皆親切に地図を用意して私が行こうとしている「シルクロードホテル」を探してくれるが私はタクシードライバーを信用出来なかった。
不貞腐れてベンチに座っているとそのタクシースタンドのオフィスは閉められ、皆居なくなってしまった。

20分ぐらい考え込み、結局仕方なくそこの近くに沢山止まっているタクシーに向かっていくとタクシードライバー数人に声を掛けられる。そいつらは「70,000リアル(約233円)」と言って来た。結局タクシースタンドの金額が正しかったのだろう。サングラスをかけたタクシードライバーが私に「80,000リアル(約266円)」と言って来たが最終的に私の言い値の50,000リアル(約166円)で了承した、何だか嫌な予感がする。

結局、そいつのタクシーは乗り合いに変わり、他に2人の乗客を乗せ、私のバックパックはテヘランの時と同様、トランクに詰められた。私は不安で一杯になった。
しかし乗り合いタクシーに変わるのであれば実際は20,000リアルで良さそうだが、金額の件に関してはもう諦める事にした。同時に乗ってきた大学生らしき人が私に「Sorry,両替出来ないか?」と言われ500,000リアル札を差し出してきた。しかし、実際に500,000リアル札などは無く、それはイランでは普通に流通している小切手らしいのだが、イランに対して未知な私にはそれは奇妙なものだし、実際に旅行者の私が500,000リアル札を持ち歩けば再び嫌な目に合うかもしれないので私は両替を断った。

そして彼はタクシードライバーに銀行まで連れて行って貰い20,000リアルを支払って去った。そして私はタクシードライバーと2人きりになった。

彼は何度も私に言った。

「シルクホテル、フルフル!(シルクロードホテルは予約で一杯だ。)」

私は彼に言った。

「予約してあるから大丈夫。」

それでも彼は他のホテルへ連れて行こうとする。気づけばバスターミナルから5kmしかかからないはずのホテルなのに10km以上走っている様に感じた。
私のiphoneを取り出しGPSを拾うと明らかにシルクロードホテルから逆走しているので私は彼に地図を見せながら日本語で言った。

「あのさ、シルクロードホテルだよ。場所違うんだけど。さっさと戻りな。」

彼は言い訳を始める。そして元の場所に戻るために70,000リアルになると言い出した。

イランのタクシードライバーめ!

私は怒ってタクシーの中で怒鳴り散らした。

何と言ったかは記憶に無い。

その後タクシードライバーは私に笑顔を送りつつシルクロードホテルに連れて行った。

そして彼は言った。

「100,000リアル(約333円)」

くそ!また荷物がトランクの中に入ったままだ。とにかく私は50,000リアル札をチラつかせて何とかバッグパックをトランクから出して貰い50,000リアル札のみ彼に渡すと彼は納得せずホテルの中まで着いて来た。そしてスタッフはなかなか出てこない。ここに居た旅行者達も見て見ぬふりだ。 

スタッフの男性がようやく出てきた。ドミトリーなら開いていると言われ(約6.6ドル)チェクインしようとするとタクシードライバーが横からペルシャ語でスタッフに何かを伝えた。するとスタッフは「今日は満室だ。」と言いだした。

私が彼に理由を聞くと彼は答えた。
「揉め事を持ってこないでくれ。揉め事に巻き込まれたくない。」

この時、宿の中でタクシードライバーも私も一切大声を出していない。
これぐらいの揉め事で追い出されるなんてビックリしたし、私もそんなスタッフの居る宿には泊まりたくなかった。どこがホスピタリティーのある国なんだ?日本人には有名な宿のくせに。

テヘランでタクシードライバーと言い合いになった時にも感じたが、揉め事を助け様とする人が多いものの、決着を着けない人が多い様に感じる。
ただ、今回の件は納得がいかない。

怒りを抑えつつシルクロードホテルを出ようとするとタクシードライバーが言った。

「な?満室だろ?」

私は彼に怒鳴りつけた。

「Because of YOU!!(お前のせいだ!)」

すると、冷たい他のスタッフが言った。「シー!!!」

外へ出ると日本人を2人案内している、英語を流暢に喋るイラン人に声を掛けられる。
今までの事を説明するが、こいつも話を最後まで聞かない。どうしてイラン人男性は最後まで相手の話を聞かない人が多いのだろう??
結局、そいつは私に言った。「100,000リアル支払え」

結局タクシードライバーもそいつも無視して私は他のホテルを探した。

そして気づけばタクシードライバーも消えていた。

シルクロードホテルの向かいにあるオリエントホテルという場所へ行くと先程の英語を流暢に喋るイラン人と日本人の2人組が居た。彼等は言った。

「シルクロードホテルもオリエントホテルも空いてなかった。」

私は彼等にシルクロードホテルはドミトリーが空いている旨を伝えると多少驚いている様に感じた。もしや、この着いて回っているイラン人も曲者か?

彼等は他の宿を探すと言って怪しいイラン人と一緒に去って行った。

念のためにオリエントホテルに入ってみると格好良いイラン人スタッフが居たので声を掛けた。

「残念ながら部屋は空いてません、ドミトリーのみ空いていますが。」

何だ、その言い方?と思いつつドミトリーを見せて貰いチェックインした。
そこには韓国人夫婦と中国人2人、トルコ人が1人居た。何だか安心出来る環境だった。
その部屋のドミトリーは2つ分ベッドが空いていた。ベッドが空いているじゃないか。やはりどいつも信用出来ない。

結局、タクシードライバーに1時間近く連れ回され、この宿に着いたのは11時前。2段ベッドの上段のベッドに2時間程横になった後、チェックインする。

空腹のままとりあえず外出するが何だかいつも以上に観光する気分にならない。

1つモスク(Kabir Jameh Mosque)を見て、Amir Chaqmaq Complexを目指して歩くと、ソフトクリーム屋を見つける。今日はとても暑い。
そこに入ってソフトクリームを食べていると小さい女の子が入って小銭を差し出してソフトクリームを買おうとしていたがお金が足りないのでお店のスタッフが追い返していた。いつも来る子なのだろう。だが、突然スタッフは「ビヤビヤ」と言いながら女の子を呼び止め小さいソフトクリームを作って渡していた。

そこに少しだけ英語の話せる、店の友人が現れ私に色々聞いて来た。宿まで送ると言われたが私はAmir Chaqmaq Complexに行きたいと言って断った。

今日は本当に観光する気分になれない。
「有名な場所へ行って何が楽しいのだろう?」
と自問自答しながら渋々歩いていると欧米人らしき男性がモスクの外観をカメラで撮影しながら満足気な顔を浮かべていた。

私はその光景を見て嬉しくなった。

やはり私は人が好きだ。私に観光名所は要らない。
観光地へ行くとなかなか現地の素顔に触れ合えない。こんな寂しい事は無い。

私が観光地へ行きたい理由は、

旅行に行けない友人達に観光地の写真を見せて話を聞かせてあげたい、
それから(観光地へ行かなければならない)という脅迫観念だろうか。

Amir Chaqmaq Complexに着くと、韓国人夫婦に会った。
彼等曰く「ここの中には何も見る所は無い。」との事。
確かにその建物の下の通路は小さい商店街の様になっていて、それ以外には何も無かった。

結局、それ以上観光する気も無くなりオレンジ5つとミネラルウォーターを買って宿へ戻ろうとすると再び八百屋を見つけ、そこにはメロンが沢山売られてあった。
金額を心配しながら店の若い子に尋ねると「1kg、20,000リアル(約66円)」と言われ(まあ、いいか)と思い1kgを超える小さいメロンを探して買った。私が20,000リアル札を差し出した後、その店のお父さんらしき人に彼が何か言われた様で彼は私に2,000リアル貨幣を差し出した。金額をあまりにも気にする私への配慮なのだろうか?少し恥ずかしくなった。

宿に戻りメロンを洗い、中庭のテーブルに着いてプラスチックのナイフでメロンを切って食べた。どこからか塩の味がするが甘くて美味しかった。

雨が降り出した。いつも以上にやる気が無い理由はこれだったのかもしれない。
雨が降る前になると私は何故だかやる気を無くすのだ。

17時前に部屋に戻り、ボジュヌードを離れてから何か物足りない気分に陥っている私はそのまま現実逃避をする様にベッドで眠った。

(本日の収支)
バスターミナル→オリエントホテル タクシー  50,000リアル(約166円)
ソフトクリーム  10,000リアル(約33円)
オレンジ5個 ミネラルウォーター 37,000リアル(約123円)
メロン 18,000リアル(約60円)

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au曰く帰国後じゃないとメールの再開は出来ないそうです。(あるいは自宅に携帯を送付するか。)現在、最善策を考え中。
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